2012年1月26日木曜日

トーンアームは語る #1

Shelter【シェルター】を色々な組み合わせで試聴していると、今回取り上げたSeriesⅴ と Artemizとの間に予期しないほどに音の違いがある。その違う要因が何か、個々に比較しながらトーンアームの特徴を眺めてみたい。
  
Seriesⅴ
                         
Artemiz

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
SME Seriesⅴ
新しいというイメージがあるが、このアームが発表されたのが、1985年という事であるから、既に27年を経ている事になる。その間オーディオはLPからCDそしてネットワークへと大きな変化を経て、過ぎた時間の長さを実感させられる。小さな変更もあるのだろうが、モデル名は一貫しており自負と完成度の高さを窺わせる、既に貫禄のクラッシクスである。

発売当初は、その形状とSMEの代名詞でもあったナイフエッジの採用を止めて、斬新な形状・マグネシウムの採用など大きな話題となった。当時そのデザインと共に訴求力は強烈であったが、今だ新鮮さを失っていない。ユニバーサル型を確立してトーンアームのマイルストーンとなったSMEが、seriesⅤでは、そのユニバーサル型から脱却するターンニングポイントとなり、以降のアームに大きな影響を与えるのであるから大したメーカーである。 

ところが、あまりに広く周知されているのに3009や3012程には、高い評価を得ているように見えない。SMEのカタログモデルには、SeriesⅤの12”派生モデルがリストアップされているので、世界的なマーケットでは順調な支持を得ているのだろうが、特に日本では、ユニバーサル型の支持が厚く、この点から評価が少ないのかも知れない。

マグネシウム
トーンアームの材質としてマグネシウムを採用しているが、謳い文句にこうある。
”地球上で最もトーンアームに適した物質マグネシウム。その極めて不安定な性質ゆえに、誰一人として手を出そうとしなかったこの物質に果敢に挑み・・・"
1980年代、バイクや車のホイールとして、マグネシウムは既に製造されていたので、かれらの口上にはただちに首肯できないが、トーンアームとしては確かにパイオニアである。
ところで、本当に”最もトーンアームに適した物質なのだろうか?
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
マグネシウム マグネシウム合金 wikipedia から抜粋
特徴
・軽量である。
・内部損失(内部摩擦)が大きい(振動や衝撃を吸収しやすい)。
・電磁波遮蔽能が高い。
・同じ軽合金に分類されるアルミニウム合金と比較すると、アルミは密度2.7Mg/m3で、ヤング率が 70GPaであるのに対して、マグネシウムは1.74Mg/m3で42GPaである。つまり、マグネシウム基合 金の方が比強度においてはやや劣るわけだが、軽量部材への展開が期待されるという点が利点 である。
・アルミニウムと比較して切削性は良く、加工しやすい。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
マグネシウムのメリットは、上記に示すとおりで確かにアームに適した物性を持っているようだ。
軽量化と固有振動を排除するために複雑な形状を採用している。同様の特徴を持つカーボンファイバーも検討されたのだろうが、部材を組み合わせる構造はベアリングの使用を前提とした時にどうしても避けたいモノであったに違いない。

ベアリングの憂鬱
トーンアームを語る時に議論の対象と成るのがビポットの構造である。SMEの代名詞ともなったナイフエッジが通常のベアリングに変わり、形は斬新であるが基本構造はジンバルサポートとオーソドックスである。しかし、このベアリング、マニアには看過できない問題がサテンのアームに指摘されている。同じ主張が寺垣プレーヤーでもされていたと思う。

”超精密ボールベアリングといえども0.005mm(5μ)ゆるみ即ち間隙があります。”

と書かれている。この不可避なガタが、指摘されるような問題、音楽の阻害を起しているのか?サテンのアーム共々、実際どうなのかを確認したいところである。
そもそも、何故SMEはナイフエッジをやめたのか? 当時より精度の高いベアリングが製造出来るようになったためとの意見もある。ベアリングの精度 を調べてみると、
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ベアリングの精度 
[JIS B1514]では精度の低い方から[0級]、[6級]、[5級]、[4級]、[2級]の順番。
[ABEC]:ABEC1・ABEC3・ABEC5・ABEC7・ABEC9 同順でJIS等級に相当

[寸法精度] :外輪
  最低レベルの等級[0級]:外径10mmのベアリングの場合は寸法差は0.008mm(8μ)。
[外径不同] :外輪 
  最低レベルの等級[0級]:[真円度]と同意、外径10mmのベアリングで0.006mm(6μ)。
[寸法精度] :外輪
  最高レベルの等級[2級]:外径10mmのベアリングの場合は寸法差は0.0025mm(2.5μ)。
[外径不同] :外輪 
  最高レベルの等級[2級]:[真円度]と同意、外径10mmのベアリングで0.0025mm(2.5μ)。
  *内輪・玉も同様の規定がある。

[回転精度]:実際に動かした場合の規定
[ブレ]:内輪回転の場合は外輪を固定;内輪のラジアル方向・アキシアル方向のブレ量
[回転精度]:ラジアル方向やアキシアル方向のブレ量に対する規定。 
[直角度]:ブレてはいないけど、斜めになって回転する『直角度』という規定。
  *【JIS】が[横振れ]が改訂されて[直角度]になっている。

[ラジアル振れ] :内輪
  最低レベルの等級[0級]:外径10mmのベアリングの場合は寸法差は0.01mm(10μ)。
                 [直角度』の規定はない。
[ラジアル振れ] :外輪 
  最低レベルの等級[0級]:[真円度]と同意、外径10mmのベアリングで0.015mm(15μ)。
[ラジアル振れ] :内輪
  最高レベルの等級[2級]:外径10mmのベアリングの場合は寸法差は0.0015mm(1.5μ)。
[ラジアル振れ] :外輪 
  最高レベルの等級[2級]:[真円度]と同意、外径10mmのベアリングで0.0015mm(1.5μ)。
                  [直角度]は全部が最大0.0015mm(1.5μ) 

実績
[2級]のミニチュアベアリングは実際には存在しない。
製作実績は日本精工;[5級]と[4級]、ジェイテクト;[5級] Koyo;[5級] USA規格[ABEC7]

現実の精度
これらの事から解ることは、実際に入手できる最高精度のベアリングは[4級]で、この精度は
[寸法精度] :外輪
  最高レベルの等級[4級]:外径10mmのベアリングの場合は寸法差は0.004mm(4μ)。
[外径不同] :外輪
  最高レベルの等級[4級]:[真円度]と同意、外径10mmのベアリングで0.004mm(4μ)。
[ラジアル振れ] :内輪
  最高レベルの等級[4級]:外径10mmのベアリングの場合は寸法差は0.0025mm(2.5μ)。
[横振れ] :内輪
  最高レベルの等級[4級]:外径10mmのベアリングの場合は寸法差は0.003mm(3μ)。
[ラジアル振れ] :外輪
  最高レベルの等級[4級]:[真円度]と同意、外径10mmのベアリングで0.003mm(3μ)。                  [直角度]は全部が最大0.003mm(μ)
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
一般的に入手可能な最高ベアリング精度は、この分野では日本製が最も精密である事を思えば、[4級]と考えられる。サテンが指摘するとおりであった。

ところが、特殊な用途向けにABEC7の中から選別された希少部品である精度ABEC9は、非常に高額になるが入手可能なようで、何と主たる需要がラジコンとのこと。

ここは Scale Model Enginnering : SME の面目躍如 SME Seriesⅴのベアリングには、この選別品を採用していると考えられる。たとえ製造限界精度のベアリングであったとしても、アーム軸とかブラケット等もそれに見合うだけの高い精度で加工されてなかったら、その性能を発揮する事は出来ない。こうして得られる限界精度は、(1μ~3μ)。もし1μの精度を出していたらサテンの指摘する1/5に留まり、音に与える影響もほぼ無いだろう。この為にも、鋳造加工が適したマグネシウムは、必然の選択であったに違いない。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
Artemiz
SME Seriesⅴは当然研究され、ディメンジョンは略共通であり、構造は良く観察するとSeriesⅴを強烈に意識したものである様に感じられる。各部を比較すると、特徴がより鮮明になる。
ロクサンのホームページにその詳細が語られているので、是非参照いただきたいと思う。
http://www.roksan.co.uk/roksan/products/no_30/doc/d_30_1.pdf

アームの形状
Seriesⅴのアームの複雑なテーパー形状は、固有振動の分散・慣性モーメントの減少を解決するため導き出された絶妙の形状であり、対して、Artemizは概観はストレートな円柱としながら、内部空間は丸から四角へと滑らかに変化し固有振動が分散する凝った形状として対抗している。ロクサンはテーパー形状が音響的にも理に適った形状であるからこそ当初Seriesⅴを推薦していた。だからと言ってその形状を採用することは、イメージが極似してしまう以上他のアプローチが必要であったために選択したモノだと推察している。

アームの強度
Seriesⅴはワンピースの鋳造マグネシウムで成型されているので、接合面なども無く得られる剛性は高い。Artemiz ではアルミニウムの部材組み合わせで構成されているために、接合面の強度が素材以上に強度を左右する余地がある。事実Artemiz Ⅱとして、ハウジングとアームの接合面の強度強化に努めており、この点では、当初からワンピースで成型されたSeriesⅴは完成度が高い。

軸受けの構造
区分すると双方ジンバルサポートという事になる。ビポットは既述のとおり Artemizはボールを三角錐状に配して動作時、実質的にはガタのないビポットとしている。この点が、seriesⅴを超えたアドバンテージとしてロクサンが強く意識していた構造で、サテンの指摘するベアリングの問題を回避する具体的な形となって提示されている。

実際に、このビポット構造は極限の加工精度を必要としない。実動作中に、精度の出た状態でバランスする巧妙な構造である。ガタがあると問題視する人も居るが、ガタがあるからこそ精度を出せるので、何も問題は無い。後発のヘリウスデザイン社の一連のアームも同様のベアリング構造を採用している。

                                 


部品点数や加工の程度を考えるとサテンの構造のほうがさらに洗練されている様にも思うが、後日この点もテストしたい。

ビポットの位置
Artemiz を特徴付けている、ビポットの位置に関してはこちらに記載

0 件のコメント:

コメントを投稿